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Posted by - 2018.06.25,Mon
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Posted by RRD ◇3MranranlY - 2008.07.05,Sat
「社会科見学で新聞社に行ってきました、ってか?」

静岡東映で13:00の回。客入りは70人ほど。年齢層は高め。

特に現在の場面での、山の描写がすごい。傾斜がきつくて、迫ってくる、あの臨場感はそうそうないと思う。
ただ、それが一番印象に残るんじゃダメだろ。
親子の和解エンドとか、そもそもそう深刻に対立してるようには見えなかったし。

社会科見学するくらいのつもりで新聞社のお仕事拝見ってところで。
「ブンヤ」のいかがわしい本性とその根源にあるものは十分に描かれていた。秋葉原の殺傷事件で、その場にいた人たちが夢中で携帯カメラをかざした興奮はまさにそれだろう。
でも当時の日本の雰囲気はそのいかがわしさを承知で許容してたと思うんだけどね。日本人自体いまより猥雑だったしね。つーか人間の持つ本性と向かい合って本音で生きてた、ってことなんだろう。

ちょうどこの頃、いわゆる「ギョーカイ」ブームがあった。このブームでマスコミに対する世間の見方が憧れのようなものを含んだ幻想的なものになった。
一方で日本全体が猥雑さを排除して清潔清廉の皮をかぶる方向に向かっていた。その流れに取り残されたマスコミは一種の象牙の塔のようなものになり、結果として現在の猥雑さを残したマスコミはお上品なお日本から浮く存在になってしまったのではないだろうか、というマスコミ論を思いついた。

いまネットで得意げにマスコミを叩いて喜んでる奴らがいるけど多分マスコミは変わってない。変わったのは俺たちの方。
個別の事例はともかくマスコミの実態なんて、昔からとっくにみんな知ってるだろ。それを「啓蒙」して歩いてる奴らは「今まで幻想を見ていたバカです」って自己紹介して歩いているようなものだと思うが。
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Posted by RRD ◇3MranranlY - 2008.06.28,Sat
「ミラクル7号に激萌え、のち滂沱」

静岡ミラノ1で19:35の回。客入りは15人。
「僕の彼女はサイボーグ」との併映で回数が少ないのにこの人数。それもやむをえない。俺も予告編で見たときは「なに、このちゃっちい人形は?!」って呆れたもん。
そのちゃっちい人形の表情に泣かされるとは思わなかったよ。

ばかじゃねえの?こんな映画で泣くなんて!?って自問自答しながら泣いたね。表情つーか、でっかい目がえとも言われぬ説得力を持ってる。
とにかくミラクル7号、かわいい、萌える。ふわふわの顔と手足の短い寸足らずの体のギャップ、可愛さを計測すると約600メガポンデライオンくらい。

あと単純だけど男親と男の子の関係が絶妙にどの世代の男性にも受け入れられるように出来てるんだよなー。ちょうど今の俺が親父の期待を意識する局面を迎えてるから、ものの見事にこの映画にハメられちゃったよ。それが滂沱の伏線だと思う。

グッズはパンフしか売ってなかった。ぬいぐるみとか、ストラップとか、首から提げる7号とか、そんなのが売られていたら間違いなく買ってたな。
とりあえず、携帯の待ち受け画面は公式サイトからフラッシュをダウンロードして使ってる。パソコンの壁紙も変えたかったんだけど7号がいないんだよなー。あとブログパーツをくっつけてみた。
Posted by RRD ◇3MranranlY - 2008.06.21,Sat
「真実はささやきの中にある」

静岡ミラノ1で19:30の回。客入りは15人ほど。

ストーリーは特にないんだけどね。強いて言えば登校拒否の女の子が田舎のおばあちゃんの家で転地療養して、飼ってるニワトリが殺されて、女の子は両親と転校して、一人暮らしになったおばあちゃんがしばらくして死ぬ。

並みの想像力の持ち主なら原作より映画のほうがいいと思う。
画にして初めて気がついたことがいろいろあったもの。
あ、そうだ、テレビのない家だったんだ、とか、
おばあちゃんの家に続く細い道を登っていく自動車の違和感とか。

自動車が通れるくらいに道が広がっても、「オールドファッション」のおばあちゃんは気にしていなかったりとか。でも自動車乗りは道の広さには敏感なんだよね。この両者、自動車があたかも侵略者のように乗り込んでくるので、下手すると厳しい対立関係にあるように見えてしまいかねない。
そういった意味で、原作にないカブに乗った郵便配達は必要な役回りだったんだと思う。
つまりオールドファッションの徒歩と新時代の自動車の間にカブが入ることによって新旧が対立するものではなく、延長にあるものという意味を持つようになってる。

そういう深読みは別にしても、居心地のいい映画だということは確実に言える。ストーリーが特にないから無理に話を進めるということもないし、間の取り方が実に贅沢。細に入ったジャム作りをはじめとするオールドライフのtipsがちりばめられていて、興味があれば興味深い。
ラベンダー畑の上に干したシーツにくるまって寝る、映画館の席で見てるだけで幸せになれる。でも、興味がなければ「寝る時にタマネギってワロスwww」で終わっちゃうだろう。
Posted by RRD ◇3MranranlY - 2008.06.14,Sat
静岡オリオン座で19:00の回。客入りは100人ちょい。
有楽座で吹替が上映されていることを考えると、超大作の集客として最低限の面目を保ったんじゃないかな。

舞台はそれまでの1930年代から20年近く経った1950年代。
インディが年を取ったこと以上に、冒頭のKGBとのやりとりや核実験場でのアクションなどで、時代が違うということを嫌でも思い知らされる。もはや自然や伝統の中にロマンがあった時代ではなく、代わって科学の中にロマンがあった時代。
しかしインディのロマンを追い求める冒険には一片の変化もない。もちろんスケールの大きさも。演出も現代にありがちなくだらないリアリティの追及をせず、変わらぬ80年代の憧れの洋画で居続けてくれたことにも好感が持てる。

今回の見モノはもうひとつ、インディの相方。
2代目(ある意味3代目だろうが)インディ・ジョーンズへの道は開かれた。次作で代替わりのエピソード、そして新シリーズへ、そんな希望の実現も予感させる。
Posted by RRD ◇3MranranlY - 2008.06.12,Thu
6月12日、シネギャラリー右側で15:40の回。客入りは20人強。
語りも音楽もない、食材が作られるまでの映像。

屠殺シーンもあったし、血が噴出す場面もあったし、その部分だけを取り上げれば衝撃的といえるのかもしれないけど、実際は淡々と描かれている割には配慮がされている構成になっている。
つまり屠殺に至るまでに、資本主義社会が求める合理性に最適化された動植物・そして人間の姿を延々と見せられて、命というものが果てしなく軽いものであるように思わせるのだ。
豚の死骸から豚足を切り取る、これは神(一部を除く)が与えた恵みだけど、ラインに乗ってくる豚の死骸から
一日中豚足を切り取り続ける仕事、これは見えざる手を持った神による、人間を破壊する行為だろう。

軽んじられた命が食材となり、食事となる。もちろん食材「工場」でも昼には食事が行われる。この工場が自然の営みから遠いように見えれば遠いほど、その中での食事が不味いものであることが描かれている。
無機質な部屋で、一人で、食べ物に向かわずにどっか明後日のほうに視線をさまよわせながらぱさついたハンバーガーをぐいぐいと押し込み、ドリンクで流し込む。
食材の製造だけではなく、食事そのものが自然の営みから外れた単なる腹ふさぎになってしまっている。
このことが一番恐ろしかった。
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