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Posted by RRD ◇3MranranlY - 2007.05.13,Sun
「俺は、君のためにこそ死にに行く」を観た。
どこかで見た場面、どこかで聞いた台詞、どこかで知ったエピソード、この映画のすべてをどこかで既に観たような気がする。「ありがち」の一言に尽きる。

静岡東映で18:15の回。客入りは40人ほどとなかなかの入り。

石原慎太郎ならではのなにかを期待していたこともあって、正直肩透かしの印象。

とはいえ、2つ横のまじめ大学生風の兄ちゃんと2列後ろのおばちゃんが泣きっぱなしでびっくりした。兄ちゃんの方はリアルネットウヨク風、おばちゃんは新興宗教婦人部風だった。
映画で泣くっていっても限度があるだろ。1時間以上途切れることなくグズグズグズグズやってるので、かえって不気味なくらいだった。
兄ちゃんの方は女連れで、しかも場内が暗くなっても明るい画面を手で囲ってずっと観てる。本編が始まっても。タイトルが出たところでしまったけど、もしかしたらこれがうわさに聞く「最近劇場内で不法に録音録画をしている人」かと思って気になった。

人によって感じ方はいろいろなんだろうけど、人物がほとんど描かれていないから感情移入が難しい。たとえばアリランを歌った韓国人のエピソードは全部本人の説明台詞。他も似たり寄ったりで、下手すりゃ誰が誰だか分からなくなる。
人物に深みがなく、エピソードはあってもストーリーに起伏がない。
最初から泣けるように自己暗示をかけてなきゃ泣きようがないと思うのだが・・・。
単にラストシーンの靖国での再会シーンを作って、だから靖国を守りましょう、というプロパガンダをやりたかっただけじゃないの?それすらも「兵隊さんの幽霊」が出てきたんじゃないかと思わせる不気味さ。

さらに生きているほうは年をとって、苦労して、それなりに変化成長しているのに、英霊はまったくそのまま。英霊は決して成長せず、生きている人間に都合のいいときだけ英霊は生きていて、それ以外は死んでいて時間は止まってる、そのご都合主義が実によく見て取れる結果となっていた。英霊を幻覚として、心象風景として描いていた。

そこには靖国は残された者のための施設だというのが唯一のメッセージだろうか?だとしたら慎太郎世代が全滅したら靖国はぶっ壊してもいいってことにならないだろうか。

このあたりを無難な表現にしてメールマガジンを発行する予定。
http://www.mag2.com/m/0000227749.htm 
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Comments
無題
私も先日観ました。ありがち、というところに同感です。しかし、最後の「靖国は残された者の施設。世代が変われば壊していい」というメッセージ性は受けませんでした。そうではなくて、靖国がまるで「悲しく美しい特攻隊」のみが眠っている場所という印象を持たせ、結局今年も靖国に参拝したい石原さんの正当化映画のように感じます。
さらに、ここまで詳しく、リアルに特攻隊というものを描いた点は評価できるのではないでしょうか。話題性のある石原さんが脚本等手掛けているということで若者にも関心を得られるだろうし。私もその一人です。
英霊に関しては逆に歳を重ねていたほうがおかしくないですか?誰だよ、って話になりますよ。その他の作品でもそうでしょう。批判のための批判に感じてしまいます。言ってしまえばむしろあのシーンはいらないですよね。笑
感じ方は人それぞれなので正解はありませんが、メルマガで流されるということなので、書かれているような偏った見解に疑問を抱き、コメントさせていただきました。
Posted by きぬ - 2007.05.16,Wed 02:18:21 / Edit
無題
難しい題材だと思います。
戦争映画を撮れる監督・脚本家なんてなかなかいないんだな、という印象。
ただ、石原慎太郎の最初のコメントはいらないと思うし(トメさんの言葉なら良かったなと思います)、内容とタイトルが合ってない気が・・・。
随所に余計なメッセージが乗っていたようで、つい映画を見ながら引いてしまいました。
ただ、現実としてこの悲しい出来事があったことは真実です。だからこそ、ひとりひとり、普通の人間たちの、あのときの、あるがままの姿を撮ることに専念してくれれば、観客はもっともっと素直に感じて色々考えられたのでは・・・と思います。
なのに、人物は描ききれていないし、映像も引きが多くて俳優さんの演技が光らないし。(群像劇、ということなのでしょうか)
それに「美しい日本人の姿」というより、石原慎太郎が戦死した方々、その家族、愛する人たちで(他人のふんどしで)相撲をとったようで、少し腹立たしさも覚えました。
ただ、あの極限の状態で「死にに行く」時、「死んだら靖国で会おう」と言った気持ちはとてもとても強かったと思うし、支えでもあったんじゃないかと思います。
そこまで強い気持ちで願った(支えにした)死者の行き先を、のほほんと生きている現在の私たちが知識もあまりない段階で是か非かを問うのは、死者を愚弄するも同然で「美しい日本人の姿」ではないんじゃないかと思ってしまいました。(誤解を招くかもしれませんが、上手な表現ができなくてすいません。もちろん靖国に関しては、議論は必要なのでしょうが)
もともと日本人は、山や川、自然のいたる所に神々が住むと信じていた民族です。その神々を祀るように・・・というのとは、明らかに靖国は違いますが、清らかな心で神々を祀るように、英霊にもそうしていいんじゃないかと、そんな心の幅があってもいいんじゃないかと思うのです。そこで声高にイデオロギーを振りかざすとちょっと話は違ってきますが。
なんとも抽象的でやわなコメントですが、正直な感想です。
Posted by ようすけ - 2007.05.16,Wed 18:14:28 / Edit
きぬさん、コメントありがとうございます。
>「靖国は残された者の施設。世代が変われば壊していい」というメッセージ性
「世代が変われば壊していい」という後半部分はメッセージというより、論理としてはそういうことになってしまいますよ、という指摘だと明言しておくべきでした。
英霊は年を取らない、という部分はもう少しいい表現が出来ないものかと常に考えています。元特攻隊員で戦後にいろいろ考え、靖国神道批判をしている人が大勢います。俺の身近にもいて、その人が「洗脳されてたよな」という言葉が忘れられません。でも英霊は死んだままで決して考えを変えることがありません。そこを都合よく利用する奴を指弾出来れば、と思っています。
Posted by RRD ◆3MranranlY - 2007.05.17,Thu 19:56:29 / Edit
ようすけさん、コメントありがとうございます
洗脳、という漢字は中国や共産主義と密接な関わりがあるからか、使うとアレルギー反応を起こす人が多いのですが、やはり特攻隊員、というより当時の国民は洗脳されていたのだと思います。
ただ洗脳というのはオウム事件で有名になった苫米地英人が一番分かりやすく説明していますが、与えられた環境に対するごく当たり前の精神活動です。もちろん俺たちだって洗脳されています。
だからこそ、ともに洗脳されているという前提に立てばこそ、特攻隊員と俺たちの間にある、たとえばエリートと凡人とか、過去と現代とか、死者と生者とか、その間にある壁が崩れて、彼らの苦悩と決断を真摯に受け止められるのではないでしょうか。
英霊は時代が違う俺たちなんです。(とはいえ俺みたいのは英霊にはなれません。多分、小林多喜二のように死にます。)神でも、特別な存在でもありませんし、父が息子に土下座した場面が象徴するように祭り上げられた存在です。本人たちもそれに気付かないほどのバカじゃないでしょう。
だからこそ、俺たちに対するよりもはるかに強い洗脳をかけ続けた奴らをどうしても許すことが出来ません。当時の外交政策が正しいかどうかなんてイデオロギーはどうでもいい問題です。
もうひとつ、死者なり霊なりはどこにいるのか、と言うことも考えるべきだと思います。
この辺は日本人の中途半端な宗教観をずる賢く利用する奴らがいて腹立たしいところです。
あるときは身近にいて、あるときには靖国でなければ会えない、こんなご都合主義は手抜きの映画だけでたくさんです。
英霊は畏れるべき神だとは思いませんが、特攻隊員は敬うべき人(仏)だと思います。人が持つ身近な人への思いや愛情を、政府や自治体という組織体へのものに転化しようという意図が見えすぎちゃってどうしようもなかったイラツキをどうにかして多くの人に訴えたいところです。
Posted by RRD ◆3MranranlY - 2007.05.17,Thu 21:28:31 / Edit
お返事ありがとうございました
おっしゃること、良く分かります。
私のつたないコメントにきちんとお答えいただいてありがとうございます。
コメントしてから、自分の中にもあったわだかまりを具体化して表現してくださった感じがします。且つ、目が覚めた気がしました。
コメントしてからお答えいただく間、色々考えました。靖国で流されている映画は、明らかに見ると危険な感じがします。
でも、この映画の個々のエピソードはやはり人として心動かされてしまいます。
多かれ少なかれ、その雰囲気に流されてしまいがちです。
そこで、単純に靖国は、不可侵な場所だと思ってしう怖さ。そこに隠れている作意に気付かなくなってしまう感情の脆さ。
私は無神論者ですし、宗教も信じておりません。が、田舎で育ち、自然には敬意と畏怖の念があります。やはりそこには神々が宿るような気がします。日本の為に・・・と死んでいった人たちは、やはり日本に宿っているような気がしてしまいます。それなのに、なぜ霊が靖国限定と思ってしまったのか。
それは「靖国で会おう」との言葉からです。
こうも単純に洗脳(?)されてしまうのは、やはり知識と教養がないからでしょう。
私のような人は意外に多いかもしれません。
こちらにコメントできるような内容のものではなくて恐縮でしたが、お返事いただき勉強になりました。
お返事いただいた最後の三行、本当に本当に同感です。



Posted by ようすけ - 2007.05.18,Fri 23:32:09 / Edit
こちらこそありがとうございます
ありがたいコメントを頂き、大変恐縮しています。
半ば勢いで書いている部分がありますので、いろいろと指摘していただけると非常に充実した気持ちになれますし、成長も出来ます。こちらこそ勉強させてください。機会がありましたらこれからもよろしくお願いします。
自然を神として畏れるのは明治からの歴史しかない靖国神道と違って、世界共通数万年の歴史を持つ、人として当然のことだと思います。靖国で会いたいと思う、靖国で会わせてあげたいと思う、これも人として当然です。ただ政治にかかわる連中がそれを利用して「だから靖国を尊重しろ」という方向に持っていくのは違うんじゃなかなと思うだけの話です。
映画表現としては「男たちの大和」とは比べものにならない自然なCG、近代的肥満青年がエキストラで走り回った「戦国自衛隊1549」とは比較にならない美学を感じました。
美男美女が多すぎてリアリティには欠けましたが。
Posted by RRD ◆3MranranlY - 2007.05.20,Sun 00:32:01 / Edit
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俺は、君のためにこそ死ににいく
生き残った特攻さんは 特攻崩れと蔑まれ死んでいった特攻さんも 犬死とさえ言われるようになった 監督:新城卓 製作総指揮:
さくらの映画スイッチ - URL 2007.05.19,Sat at 09:52:39
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